電話だと勇気が出なかったのでメールします。
あのね、わたし、練にたくさん嘘をついていました。
広告代理店ていうのは本当だけど、練に話していたような仕事はしていません。
私の仕事は事務です。
勤務表を整理したり、領収書を集めたり、企画会議には呼ばれない仕事です。
みんなからは親しみを込めて日陰さんと呼ばれています。
練に会いに行く時私は駅のトイレで着替えています。
トイレの鏡でお化粧をしています。
日陰さんから日向さんに変身します。
私の父も経理の仕事をしていて、母は専業主婦でした。
同級生は父と母の笑顔をみて、何かのアニメのネズミの笑顔に似てるねといいました。
私は人前で笑うのを止めました。
東京の大学に入って、男性と付き合いました。
彼は自分の友人に私を紹介しませんでした。
初めて寝た夜彼はいいました。
お腹が空いたからおにぎり買ってきてよ。
一生こうなんだろうなと思いました。
私は新しいペンを買った日からそのペンが書けなくなる日を想像してしまう人間です。
誰にとっても特別な存在になれないのなら、初めからそのつもりで付き合えばいい。
そうして出会ったのが、今の恋人なんです。
何も期待せず、望まずにいられる関係。
私は朝起きるとまず初めに今日1日を諦めます。
だけど、きっと心の奥のところで諦めが足りなかったのでしょう。
練に助けられた時、ずっとこのまま抱きしめられていたいと思いました。
本当の自分をみられるのが怖かったから。嘘をたくさんつきました。
あなたの前でもう一人の自分になれることがうれしかった。日向木穂子でいれることがうれしかった。私笑える、ネズミの顔じゃなく笑える。だけど、いつでもあなたと別れられるように、夢から覚められるように保険をかけていたんです。
でもそれもやめにします。
練、あなたと付き合いたい、あなたを恋人だと思いたい。
買ったばかりの新しいペンであなたを好きだと書き綴りたい。今から彼に別れを告げてきます。もうトイレで着替えるのはやめにします。地味な私をみたら驚くかもしれないけど、その子が本当の私です。
じゃあね。
あとでね。
きほ